悪魔(「谷崎潤一郎フェティシズム小説集」より)/谷崎潤一郎のあらすじ・ネタバレ・感想

それはだれも知らない、ぼくだけの"楽園"

登場人物

佐伯謙:東京の大学へ通うために名古屋の叔母のもとへ上京してきた若者。気が小さく、病的な気質を持つ。 叔母:小太りでおしゃべりな女性。 照子:佐伯のいとこ。叔母のもとに住む一人娘。 鈴木:叔母のもとに暮らす書生の男。陰険で低能と揶揄される。

あらすじ

人混み、電車、人。 あらゆるものへの恐怖に支配された男・佐伯の、禁断のフェティシズムを描いた物語。

内容・ネタバレ

佐伯は幾度も下車しながら、なんとか東京の叔母のもとへたどり着いた。 叔母のもとには従妹の照子と、書生の鈴木、女中のお雪が暮らしている。 照子は、度々佐伯の部屋へやってきては、他愛ない話をして帰っていく。 書生の鈴木というのは、陰気で気味の悪い男で、照子のことを好いているようであった。

ある日の晩、唐突に書生の鈴木が佐伯の部屋にやってきて 「あの女は猫を被っている」 「多くの男と関係を持っている、以前は自分とも関係があった」 など、照子の本性について語った。叔母と照子、女中が帰ってくると、「何卒今日の話は内分に願います。」と部屋を出て行ってしまった。 鈴木が去った1時間程後に叔母がやってきて、今日鈴木が部屋に来なかったか、と尋ねた。叔母は鈴木を良く思っておらず、一度鈴木をクビにして追い出した時には、刃物を持って家の周りをうろつかれたことなどを佐伯に話した。佐伯は聞かれるままに、質問に対して正直に全てを話してしまう。

翌日、鈴木は叔母に全て話してしまった佐伯を責め、二度と口を聞かないと言い捨てる。佐伯は「俺にも魔物が取り憑いた」と思い、いつか自分があいつに殺されてしまうかもしれないと言う恐怖に取り憑かれてしまう。

後日、風邪気味の照子がハンカチを持って佐伯のもとにやってきて、鈴木について「心配の必要はない」と話した。 照子が出て行った後、女中のお雪が照子のハンカチを探しにやってきた。結局、照子が忘れたハンカチは見当たらず、探しあぐねて部屋を出て行った。

女中のお雪が降りて行ったことを確認すると、佐伯は布団の下から"照子のハンカチ"を取り出した。 そしてそのハンカチを開いて、ハンカチに付着した鼻水を弄んだり舐めたりした。 それからも、そのハンカチを懐に忍ばせて大学の便所でそのハンカチの汚れを楽しんだ。ハンカチはいつの間にか綺麗に黄色くひあがって、突張ってしまった。

その後も、照子は頻繁に佐伯の部屋へやってきた。 佐伯は、照子の来訪のたびに、あの快楽がバレてしまったのではないかと怯えていた。 また同時に、「照子の淫婦奴!」と怒声を浴びせたくなったり、「いくら誘惑したって、降参なんかするものか。おれにはあいつにも鈴木にも知れないような、秘密な楽園があるんだ。」と負け惜しみを言って、せせら笑うような気持ちになったりしていた。

感想

内容について

最初に言っておきましょう。この「悪魔」、ド級の気持ち悪さです。 谷崎潤一郎の小説の中でもかなりハードめなフェティシズムを描いています。

最初は過度に神経質な男性の日常描写にすぎません。あらゆるものが恐ろしく、恐怖を紛らわすために酒を飲みタバコを吸う。時折部屋にやってくる従妹の照子の魅力に惑わされそうになりつつ抗う、普通の(?)学生。 終始佐伯は、照子の魅力に骨抜きにされてバカになってしまった鈴木を見下しています。自分は違う、と言い聞かせているようにも見えます。

とまぁ、本編の7・8割はそんな感じで、「フェティシズム…?」となります。ところが突然、本当に突然、めちゃくちゃ気持ち悪い。 何度も読み返してしまう急展開、そして何度読んでも気持ち悪い。苦虫を噛みつぶしたような表情になってしまうほど鮮明な描写がつらつらと続きます。 ここまで、「あれ?フェティシズムなんて言っておいて、そうでもないな」なんて思っていたからこそ、落差にやられます。

鈴木が終始キモいやつとして描かれていましたが、思わぬ大どんでん返しに虜になってしまう人もいるかも知れません…。とりあえず食前食中に読むのはお勧めしません。。。

佐伯について

臆病で神経質、そして超級の性癖を持った男・佐伯。 他人の鼻水を舐めたり…考えただけで気分が悪くなるような気さえしますが… そう言った行為に興奮する人がいるんだ…と圧倒されます。

ビクビク怯えながらハンカチについた汚れを楽しむシーンは、一切共感はできないものの描写が細かくてハラハラします。

題名「悪魔」について

この物語は、"禁断の快楽"と言う悪魔に取り憑かれた男の物語です。 佐伯にとっては、照子や鈴木と言う存在が悪魔であり、恐怖の対象となっています。

特に照子は魔性の女ですね。 湯上りの色っぽい姿で佐伯の部屋にやってきたり、あざとい。 佐伯はそんな誘惑に抗いながらもだんだんと魅了されていきます。 本編は佐伯視点で描かれているので、照子に対する佐伯の描写が本当に滑稽です。佐伯にとって、照子はほんとに魅力的なんですね。本人はなんとしても認めまいとしています。

まとめ

何度も言います。「悪魔」は完全自己責任で読んでください(笑) 谷崎ファンとしては、「悪魔」は外せない名作ですが、好き嫌いのかなり別れる作品だと思います。描写のうまさゆえに…って感じですね。 かなり短編かつ、会話文も多くなかなか読みやすいので、心に余裕のある時に読んでみることをお勧めします!読んだ後は太陽の光を浴びて欲しい(?)

これを知ってると一気に通ぶれる「悪魔」。気になった方は(完全自己責任で)どうぞ!