こころ/夏目漱石のあらすじ・ネタバレ・感想

私と先生は、出会うべくして出会ったのだろうか。

登場人物

私:田舎出身の大学生。鎌倉で出会った不思議な男性を「先生」と呼び慕う。 先生:私が慕う、どこか影を感じさせる男性。 奥さん:先生の奥さん。先生の下宿先のひとり娘だった。 K:先生の幼馴染。大学生の時に自ら命を絶った。

あらすじ

東京に上京してきた私が、「先生」と出会い、言葉を交わす中で、「先生」の闇を垣間見る。 実家の父の病状が優れないため、地元へ戻った私の元へ、先生から長い手紙が届けられた。その手紙には先生の過去への懺悔と、別れの言葉が綴られていた。 本編は「上 先生と私」「中 両親と私」「下 先生と遺書」の三章から成る。

内容・ネタバレ

上 先生と私

辺鄙な田舎から上京してきた私は、鎌倉である一人の男性と出会った。私はその男性に会うために、毎日同じ時間に同じ場所に行き、遂にその男性ー先生と懇意になった。 東京に戻った私はすぐに先生のお宅に伺い、以来足繁く先生の家に通った。先生は奥さんとお手伝いさんと3人で暮らしていた。奥さんはとても美しい人で、落ち着いた女性だった。 私は大学の講義の間でさえ、先生に会いたくてたまらなくなっていた。

先生は毎月決まって雑司ヶ谷の霊園に行っていた。私が誰の墓なのか尋ねても、先生は答えようとしなかった。先生はあまり自分のことを話さなかった。野心がなく、言葉を選ばず言えば、つまらない人間だった。それでも私は、なぜか先生という人間に惹かれるのであった。 先生は、私の父の病気のことと、お金のことを仕切りに気にしていた。先生は金が関わると人間は悪になると、私に述べた。 また先生は、ある日奥さんに、「どっちが先へ死ぬだろう」と聞いた。そして、自分が死んだら…などと縁起の悪いことを言って、奥さんにたしなめられていた。 学位を得た私は実家から、父親の病状がいよいよ良くないらしいという旨の手紙を受け取った。 そのため、先生と奥さんに暇を申し上げて、9月まで戻らないだろうと伝えて別れた。

中 両親と私

父親の病状は思っていたよりも悪くはなく、私は拍子抜けしてしまった。そんなある日、明治天皇が亡くなられたというニュースが入ってきて、以来父は塞ぎ込んでしまった。 私は母に言われて先生へ手紙を書いていた。しかし手紙の返事は1度も来ていなかった。 そろそろ東京へ戻ろうという時に、父が倒れた。私は東京に戻れなくなってしまった。 兄や妹の旦那さんに手紙をやって、集まってもらった。父の病状は悪く、いつ死ぬやも分からないところだった。 そんなある日、突然先生からちょっと会いたいが来られるか、という旨の電報が届いた。父の状態が悪いため私はやむなく「まだ帰れそうにない」という電報を返した。 後日、先生から手紙が届いた。開くと中には、たくさんの便箋が入っていた。書き出しをみて妙な胸騒ぎを感じた私は、ひっそりと実家を出て東京行きの電車に飛び乗った。そして、先生からの手紙をまた開いて、初めから読み始めた。

下 先生と遺書

私が受け取った先生からの手紙は、遺書であった。そこには先生が変わってしまったわけ、毎月足を運んでいるあの墓に眠る人について、記されていた。 先生は幼い頃に両親を失っていた。以降叔父の元で育った先生は、大学生になった頃に、両親の遺した遺産を叔父が使い倒しているらしいことを知って離縁を申し出た。 生活に困らない程度のお金を持って東京で暮らし始めた先生は、軍人の未亡人が営む下宿にお世話になることになった。そこには未亡人である奥さんと、娘が1人、下女の3人が暮らしていた。 先生はその娘さんに恋をしていた。また奥さんも、先生と娘をくっつけようとしているようにも思われた。

先生にはKという幼馴染がいた。Kもまた、両親から離縁され、お金を持たず孤独であった。先生は、すっかり精神を病んでしまったKを自身の下宿先へ迎え入れた。 以来Kの精神は日に日に良くなった。しかし一方でまた、娘さんとも親しげにしている様子が先生には気に食わなかった。 ある日Kは先生に、娘さんのことが好きだ、と打ち明けた。先生は自分もそうだ、と言おうとして、ついに言い出せなかった。

その後何日もKに気持ちを打ち明けられなかった先生は、ある日仮病を使って講義を休んだ。そして、Kと娘さんが居ない昼間に「奥さんに娘さんを嫁にください」と言ったのだった。奥さんはこの申し出を快諾した。 しかし先生はついに、Kに自分と娘さんとの結婚について話さなかった。 奥さんの口から結婚を知らされた時にKはただ静かに祝福の言葉を述べた。 Kが先生を責めることはなかった。 そしてある晩、先生はふと違和感を感じてKの部屋を覗いた。そこでKは自ら命を絶っていた。先生はとっさに机上の遺書に目を通した。そこには自分の娘さんへの思いや、先生への怒りは述べられておらずただただ謝罪が並べられていた。ほっとした先生はその手紙を元あったように戻すと、奥さんと下女を呼んだ。

先生は手紙の最後で、乃木大将の殉死に感化されたため自らも死ぬのだ、と述べた。 乃木大将は35年もの間、死のう死のうと思い生き続けた。そして、明治天皇が亡くなられた際に明治の精神とともに自らの腹に刃を突き立てた。 死のう死のうと思い生き続けた35年と、腹に刃を突き立てた一瞬のどっちが苦しかっただろう。 先生は、そう考えた。そして、自殺を決意したのだった。

感想

先生に惹かれる私

この物語の「私」はきっと先生に恋をしています。どこか影のある、不思議な雰囲気を持った先生に異常なまでに惹かれています。 恋をしたことがない私は、先生へのこの気持ちをよくわかっていません。しかし先生は、それも一種の恋心であろう、と指摘します。 この恋心というのは、本編に直接的に影響はありません。ただ、男性である私が、同じく男性である先生に惹かれたことによって、この物語は始まるのです。

美しい奥さん

先生の奥さんはとても美しい人らしいです。整った顔立ちや愛嬌のある性格が、描写からうかがえます。 Kのことさえ無ければ、思い合う男女が結ばれた素敵なお話しであったに違いありません。 先生の奥さんはKの自殺の本当の理由を知りません。そしてこれからも、知らないまま1人で生きていくのでしょう。 奥さんの寂しさと、それにこたえてあげることのできない先生になんとも切ない気持ちになります。

私と先生の出会い

私は、夏目漱石の「こころ」を何度も読んでいますがいつも思うことがあります。 「もし、私と先生が出会っていなければ、先生は死ななかっただろうか。」

ここからは個人的な見解ですが、おそらく先生は「私」に出会わなくても同じタイミングで死んでいただろうと思います。先生は乃木大将の死に感化されて死を決意しています。これは「私」に出会っていても出会っていなくても変わらないはずです。 ただ、先生にとって「私」との出会いは意味のあるものだったと思います。 しつこいくらいにつきまとっていた「私」がいてくれたからこそ、先生は罪の告白をして、死ぬことができたのです。 罪を隠したまま死ぬことは先生にとってもつらいものだったでしょう。 「私」は先生の重荷を少しばかり預かったのです。

Kの死について

Kはなぜ死んでしまったのか、初めて読んだときは(国語の教科書だったので抜粋されていたこともあり)よくわかりませんでした。 好きな女の子を取られちゃったくらいで死ぬことないのに!と思った記憶があります。 しかし全て読むと、Kの死は至極当たり前にやってきます。

Kは「親友」と「愛する人」を同時に失うことになります。宗教の道を志していたKはまた、恋という煩悩にうつつをぬかすことに、抗ってもいたようです。 道に反してまで貫こうとした恋心と、心の底から信頼していた友を同時に失ったKが死を選ぶことは、想像に難くないのです。 先生の視点で語られる先生の物語は、とても残酷です。

さいごに

夏目漱石の「こころ」は言わずと知れた名作で、国語の教科書にも教材として(「下 先生と遺書」の一部が)収録されていたりします。そのため、名前は知っていたり、国語の教科書の部分だけぼんやり覚えていたり、という人が多いと思います。尤も、好きな人はかなり熱狂的に好きな印象ですが。

全編読むと、一部を読んだときとはまた一味違った印象を持ちます。文量が多いので読み切るのには少し時間がかかるかもしれませんが、近代文学のなかでは外せない作品です! 夏目漱石の「こころ」、少しでも興味を持っていただければ幸いです。